タイ・フリーク55(Thai Freak55)

タイ、タイ語についての個人的な記録

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王国への道―山田長政―

2014 - 06/02 [Mon] - 01:00

王国への道―山田長政―王国への道―山田長政―
(2013/03/01)
遠藤周作

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■著者
遠藤周作

■内容紹介
シャム(タイ)の古都で暗躍した山田長政と、切支丹の冒険家・ペドロ岐部――二人の生き方を通して、日本人とは何かを探る長編。

■レビュー
古都アユタヤに生きた山田長政を題材にした、遠藤周作の創作歴史小説。

遠藤氏が山田長政に興味をもつようになったのは、昭和四十年代にバンコクへ旅行して以来のことだという。

遠藤氏は、1975年の「新たな決意」で、自分の精神史的な区切り目が第一期から第二期へ移行しようとしている、という考えをあきらかにしている。
つまり、従来の関心は、イエスと個人に関わるものであったが、今後は、人間の集団と個人との問題に次第に関心を広げようと思う、というのである。

この『王国への道(1981年)』は、遠藤氏の精神史上の過渡期に書かれた作品である。

「地上の王国」を築こうとする山田長政と、「天上の王国」を目指すペドロ岐部は、歴史的な事実としては、同時代人であり、また、両者の関わりは皆無であったと考えられるが、『王国への道』では、相反する価値観を持つ者同士として関係をもたせ、遠藤氏の精神史上の過渡期における、さまざまな関心を描き出している。

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ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

2012 - 08/15 [Wed] - 01:00

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))
(1971/07/10)
河田 清史

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■内容紹介
インド伝説の英雄ラーマを主人公とする歌物語。「五の巻」シータの発見・ハニューマンの活躍・捜索隊の帰還、 「六の巻」猿の大群・強敵インドラジット・ラーバナの最期・凱旋、など17話を収める。

■レビュー
下巻では、特に仏教的な発想との共通点が多く見出される。

★人と環境
ラーマーヤナ」では、“登場人物”と“周囲の環境”が互いに呼応するシーンが、たびたび描写される。
単なる文学的描写としてではなく、仏教でいう「依正不二(えしょうふに)」の思想が根底にあることが窺える--人間の主体性と、それをとりまく環境は、互いに連関しているとの思想。
・空間的には、環境・境遇の良し悪しは、それを感じる人間主体に原因が内在しており;
・時間的には、時代(環境)に流されるか、主体的に時代をリードしていくかは、人間の微妙な一念の差に帰結する。
経済的には「市場の創出」が一例。

例えば、
 ・父王との約束を果たすため、祖国からの追放を受け入れたラーマと、それにお供するシータやラクシマナが、深い森に入ると、森の猛獣たちがお辞儀するなど敬意を払うシーン(上巻);
 ・悪魔の恐ろしさにおののいて、月や星が一瞬にげだすシーン;
 ・悪魔を破り、ラーマとシータの一行が凱旋する道中、通り過ぎた山や川が喜んで新たに命名されることを求めたり、草木が生き生きとしだすシーン

他、印象にあったのは、
周囲がシータの救出を目的としていたのに対し、ラーマ王子は他の囚われている婦人たちも含め、全てを救出することを目的とし、唯一の手段、インドからランカ(Sri Lanka?)まで橋を掛ける決意をしたこと。
この真剣な決意(人間の主体)を回転軸に、太陽や月の天体、四季の季節、猿の天敵であった海の怪物までもが、ラーマの架橋工事を助けたとある。
まさに、人間主体の一念によって、環境と合致し、創造的発展をもたらした、依正不二の妙である。
エゴによる環境破壊の連鎖で果は自らを不幸にするか、個々の利点を活かして価値創造できるかは、人間主体の一念に起因するとの思想が読みとれる。

更に、倒した敵にも礼を尽くし、最強の悪魔が改心する姿は、
どんな生命にも仏性があり、改善を図れると説く仏教の教えそのものである。
現代では、死刑制度への否定的立場を取る仏教的見地の淵源に通じる。

★リスとハニュマーンの由来
悪魔との戦いに尽力した証として、黒顔になったハニュマーンの種族と、シマのあるリスの種族が、現在でもインドにいるとするのは、面白い。

読み終わって、
総体的に、非常に立体感ある流れと訳、道徳的で、現代との関連をもって読めた。

できれば近いうち、もう一方のインド二大古典叙事詩、
やや長編の「マハーバーラタ」も読んでみたい。

ラーマーヤナ―インド古典物語 (上) (レグルス文庫 (1))

2012 - 08/15 [Wed] - 00:00

ラーマーヤナ―インド古典物語 (上) (レグルス文庫 (1))ラーマーヤナ―インド古典物語 (上) (レグルス文庫 (1))
(1971/06/05)
河田 清史

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■内容紹介
インド伝説の英雄ラーマを主人公とする歌物語。インドの二大古典叙事詩のひとつ「ラーマーヤナ」はインドの誇る世界文学の一つであり、アジア人の心のふるさとともいえます。「一の巻」から「四の巻」までの17話を上巻に収めています。

■レビュー
アジアに広く根付いている文学作品として読んでおきたかった。

インドをはじめ、インドの影響を受けた地域、タイ、カンボジア、インドネシアなどでは、歴史建造物や、芝居・影絵などの芸能で、今でも語り継がれる名作。
口承文学として、源流は紀元前10世紀ともいわれるので、超ロングヒット作である。

当然、影響範囲も広く、仏教説話、アラビアンナイトなど、多岐に渡る。

ラーマーヤナ」は、「マハーバーラタ」とあわせて、インドの二大古典叙事詩。

読みやすく少年少女向けに、河田清史氏により、童話風物語とされたこの初版は、戦時中とのこと。
この物語がもつ、非常に躍動感があり、3D映像が浮かぶような立体感が、よく伝わってくる名作だと思う。

上巻は、ラーマ王子の妻シータを連れ去った、悪魔ラーバナの居場所に向かうところまで。
※ラーマ:至上神ビシュヌの生まれ変わり

冒頭、河田氏のことば「この大切な物語について」にも、納得。
◆日本の古典「古事記」「日本書紀」やギリシャの「イリアス」「オデッセイア」の名を聞いたことがあっても、「ラーマーヤナ」を知らない人が多いのではないか。
◆「アジアの何億という人びとの胸に、いまもなおはつらつと生きている」この物語を知ることは、アジアがひとつになり、アジアを知ることに繋がる。

道徳教育の面も兼ね備えた「ラーマーヤナ」は、
王や乞食の身分に寄らず、約束は守り、罪は償い、善行によって見返りを得る。善行悪行は天国へ行くまでは清算されない、と語る。

表現に差異はあれど、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三大一神教、仏教でも同様の思想がある。環境・時代により変化する世間法に対し、変化しない絶対の法則(科学、真理を説いた法など)。
Arnold Toynbeeや、Ranajit Pal、その他の学者が説く、これら宗教の同一起源論(メソポタミア)をも思わせる。

「ラーマーヤナ」では、至上神ビシュヌの生まれ変わりであるラーマ王子や、その他の神の生まれ変わりの猿たち、悪魔でさえも、失敗、苦悩、後悔、一喜一憂する姿は、興味深い。

「ラーマ(Rama)」は人名。
タイの現国王はラーマ9世。タイで5月にあったデモのメインは「ラーマ4世通り」など、今でも各地で「ラーマ」の名称が使われている。

「ヤナ(Yana)」は「鏡」。
日本の古典「吾妻鏡」など「鏡」物語があるように、「鏡」が、「物語」を示唆するのも、興味深い発見。

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