タイ・フリーク55(Thai Freak55)

タイ、タイ語についての個人的な記録

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ミャンマー国政選挙 2015年11月8日

2015 - 11/22 [Sun] - 12:00

アウン・サン・スー・チー
(အောင်ဆန်းစုကြည်)
(Aung San Suu Kyi)
(ออง ซาน ซูจี オーん・サーン・スー・ぢー)

1989年7月20日
ビルマ国軍を非難した言動が「国家防御法」に触れるとして自宅軟禁。

1995年7月10日
自宅軟禁から解放。

軍事政権の圧政に勇敢に挑む指導者として、信望を集めるアウンサンスーチーは、自宅軟禁から解放されたといっても、自由に町中を歩ける状況ではない。

市民たちのほうが彼女の家の前の路上に集まってきて、週末などは恒例になっている彼女の塀越しの演説に耳を傾ける。

演説といってもむずかしい政治の話をするのではなく、市民たちから寄せられた手紙をとりあげてアウンサンスーチーが、人生相談よろしく、やさしく解説する類のものである。

たとえば。

「スーチーさん、子どもにいい教育を受けさせたいのですが、お金がかかってどうにもなりません。どうしたらいいのでしょうか?教えて下さい」

「教育は国の根幹です。お金がなければ高等教育が受けられないといった今の状況は改善しなければなりません。一気には無理です。みなさんが身のまわりの不正、不合理に目を向けて発言し、行動していくとこが大事です。そうしたことは民主主義がなければできません。みんなで民主主義を実現するために力を合わせてやっていきましょう」

(引用元『ビルマ 「発展」のなかの人びと』田辺寿夫 著)



2015年11月5日(木曜)

8日(日曜)の国政選挙を数日後に控える。

アウン・サン・スー・チー女史の自宅前。
パラパラとメディアや記念撮影をする人がいるだけで、穏やかな様子。


NLD本部。




党の関連グッズを買う人がいるものの、混乱するような人だかりは無い。




扇子(200円)、カレンダー (100円)くらいなので、ミャンマーのお土産に買った。




11月8日 (日曜)

アウン・サン・スー・チーを議長 (党首)とするNLD(National League for Democracy/国民民主連盟)の圧勝予測が早くも報道された。

アウン・サン・スー・チーの言動や今後の手腕評価が注目されているが、前述の市民との対話での精神が今後活かされなければ、結局は 軍政の圧政と変わらず、各民族や宗教が暴走し、国の混乱を招いて、軍政復活という、タイやエジプトに似たシナリオも否定できない。

外国投資が進み、経済発展やインフラ整備が進む現在、1945年以降に国軍が台頭してきた時のような、国を深刻に分断するほどの状況はないにしても、アウン・サン・スー・チーの舵取り如何では、不安定に向かう可能性も否定できない。

選挙結果は、全491議席のうち、NLD 390議席で圧倒的多数だが、与党USDP 42議席、その他59議席という割合が依然あることは重要な結果だ。

今後のポイントは、国全体の市民生活の安定。
経済、教育、環境、福祉、医療、多様性の中での相互発展といったところだろうか。


◆参考

日本国外務省
ミャンマーにおける総選挙の全結果発表(外務大臣談話)
平成27年11月20日

1 11月20日(現地時間同日),8日に行われた2011年の民政移管後初めての総選挙に関して,ミャンマー連邦選挙管理委員会は,全選挙区の開票結果を発表しました。今回の総選挙が概ね自由かつ公正に実施されたことを歓迎し,ミャンマーにおける民主化進展に向けた重要な一歩として祝福します。

2 アウン・サン・スー・チー議長率いる国民民主連盟(NLD)が勝利を収めたことを祝福するとともに,今回の選挙を成功に導いたミャンマー国民,全ての参加政党と候補者,及びティン・エー連邦選挙管理委員長を始めとする全ての関係者の努力に敬意を表します。

3 今回の総選挙が成功裡に実施されたことは,テイン・セイン大統領による政治改革が大きな成果を挙げたことの証左です。今後,アウン・サン・スー・チー議長,テイン・セイン大統領及びミン・アウン・フライン国軍司令官の間で,新たな体制発足に向けた対話が円滑に進み,安定した政権の下,ミャンマーの民主化と諸改革が更に進展することを期待します。

4 日本は,ミャンマーの更なる発展と繁栄に向けた取組を引き続き支援し,ミャンマーとの伝統的友好・協力関係を更に発展させていく考えです。

【参考1】大統領府及び国軍による発表(11月11日)
 11月11日,スー・チー議長が,テイン・セイン大統領や国軍司令官らに書簡を送り,会談を呼び掛けたことに対する反応は以下のとおり。

(1)大統領府は,(ア)政府は国民の選択・決定を尊重し,決められた時間とおりに,平和裡に権力委譲できるよう取り組む,(イ)スー・チー議長の提案した対話につき,選挙プロセスが完了したときに,双方の間で協議を行う旨発表。

(2)国軍も,NLDに祝意を表し,選挙プロセスが完了したときに,スー・チー議長と国軍司令官との協議を行う方針を発表。

【参考2】総選挙の結果概要

 改選議席491議席のうち,最大野党・国民民主連盟(NLD)が過半数を獲得。

国民民主連盟(NLD): 390議席(過半数獲得)
与党・連邦連帯発展党(USDP): 42議席
その他: 59議席

 今後,2016年1月下旬~2月上旬頃に議会が招集され,その後3月頃までに大統領選出,組閣が行われる見込み。

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陸路 コーカレイク ---> ヤンゴン

2014 - 12/05 [Fri] - 23:00

◆陸路 バンコク ---> メーソート/ミャワディ ---> コーカレイク ---> ヤンゴン


旅程

★2014年12月03日(水曜日)
16:00 陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。
20:30 モーチットBus Terminalでチケット購入。
※モーチットからメーソートまでバス:418バーツ


★2014年12月04日(木曜日)
09:30 バンコクのミャンマー大使館で観光ビザ申請
15:48 Agentからビザ完了の連絡あり
18:00 ビザ受取

21:30 モーチットのバスターミナル発

★2014年12月05日(金曜日)
06:00 メーソート着
※メーソートのバス停から国境までのサムロー:150バーツ
06:30 タイ(メーソート)からミャンマー(ミャワディ)への国境越え

〈時差:-30分〉
07:00 ミャワディ発
※ミャワディからコーカレイクまでモーターサイ:700バーツ
10:50 コーカレイク着


11:00 コーカレイク発
※コーカレイクからヤンゴンまでバス:12000チャット(400バーツ)
19:30 ヤンゴン着
22:00 ホテルCheck In


★2014年12月06日(土曜日)
12:00 ヤンゴン市内散策

★2014年12月07日(日曜日)
12:00 ヤンゴン市内散策
14:00 市場
20:00 シュエダゴン・パヤー見学

★2014年12月08日(月曜日)
05:30 ホテル発空港へ
06:00 空港着
08:00 Boarding
08:30 離陸
10:20 バンコク着

-------

◆陸路「コーカレイク ---> ヤンゴン」


★2014年12月05日(金曜日)


11:00 コーカレイク発

※コーカレイクからヤンゴンまでバス:12000チャット(400バーツ)

10時50分。
コーカレイクのバスターミナル、と言っても、バス1台が収まる車庫のような場所に着くと、11時発のヤンゴン行きがあり、席が空いているという。

モーターサイのオヤジが、チケット購入の手配をしてくれ、受付で6000チャット(200バーツ)を払った。

その後、バスの搭乗待ちをしていると、モーターサイのオヤジが、
「は~ろーぃ」みたいなことを言ってきた。
非常に聴き取りづらいが、タイ語で「500バーツ」と言っている。

途中、食事しただろう、とか、何とかカンとか言っている。

わけわからん振りしてるウチに、金額が変わった。

食事をしたいからと言って、途中で停まったのはオヤジだし、値段は全部で700バーツとのことで、ミャワディで既に支払い済み。

ややキレ気味で対応する。

すると、オヤジは、近くに居たミャンマー人の若い兄ちゃんに助けを求めた。

結局、外国人は、追加で200バーツ(=6000チャット)のチケット代が必要という話しに落ち着いた。
つまり倍額。

ミャンマーでは、交通機関などで、外国人料金が倍というのは、あり得る、と、『地球の歩き方』で情報を得ていた。

しかし、外国人料金があるのであれば、最初に支払う時点で、6000チャットと言わずに、12000チャットと言うべきだ。

後出しジャンケンのようなことをすれば、明らかに、追加のチップをもぎ取ろうという意図が見え見えだ。

面倒な争いを止め、200バーツ払って、落とし所とした。

和解できたということで、オヤジは握手を求めてきた。

いずれにしても、警察沙汰を避けつつ、ある程度の毅然とした対応は、必要だと思う。

その後、若い兄ちゃんは、バスの席まで案内してくれ、
「明日だったら、一緒にヤンゴンまで行くのに。」
と、バスが出る直前まであれこれ気遣ってくれ親切だった。
一瞬、一泊ホームステイで、ミャンマーの家庭にお邪魔させてもらうのもいいなとも思ったが、今回、時間が限られた旅で、勝手が分からないミャンマーでもあるため、目的のヤンゴンまでを急ぐことにした。

コーカレイクを出発すると、農村やトンガリ山の風景が続く。




高床式の住居がところどころに現れる。
カンボジアへ行った時、中心街から少し離れたところで多く見た光景に似ている。
バンコクや東京などでの余暇の過ごし方、休日のエンターテイメントなどは無く、違った生活なんだろうけど、その分、こういうところで一生過ごす人たちは、意外と生きることに直結した価値観で、無駄の無い生活様式をもっているのかもしれない、などと勝手に思いを巡らす。




ミャワディからコーカレイクまでの酷い山道に比べれば、道路は舗装されてはいるが、道幅が狭いところが多く、ヤンゴンとタイを結ぶ幹線道路として、コンテナのトレーラーや大型トラックがすれ違うには、まだまだ整備が必要だ。


途中、休憩所が近くなると、隣り合ったミャンマー人が、流暢なタイ語で話しかけてきた。
タイでの出稼ぎから18年振りに一時帰国するところだという。
30代前半の様子だったから、小さい時から出稼ぎに来ていたんだろう。
タイには、このような出稼ぎ集団が多く、町の一画に同郷のコミュニティを作っていることも多い。
学校に通わず、出稼ぎに出る人たちも多い。



夕暮れ掛かる頃、トラックが故障したのか、プリンターなどの複数貨物が道路脇に積まれていた。
こういった積み替えが多いほど、貨物へのダメージや、盗難、紛失のリスクが増える。
幸い雨も降っていなかったので、日が落ちる前に積み込みできれば、多少は安心だろうに。


この日、メーソッド/ミャワディーの国境が開くと同時にミャンマー入りし、何とかヤンゴン行きバスに乗ることもできた。
ヤンゴンまでの道のりはまだまだ。
日が暮れていく。
この夕暮れ時、見た目には濁ってドブ川に見える、この小さな川に、アヒルやカモの群れが泳いでいた。
そして、小舟に乗って釣りをする漁師のほか、まさかの子供たちが川で泳いでいたのは衝撃だった。


19:30 ヤンゴン着


とりあえず、バスターミナルからホテルまでの交通費+αの現地通貨チャットを得ようと、バスターミナルの従業員らしき人達に訊いた。

すると、ドルや円ならまだしも、(ミャンマーにとって外貨価値が相対的に低いマイナーな?)バーツを両替してくれる所はないし、銀行もとっくに閉まってる、という。

そうこうしているうちに、個人的な知り合いの両替商が対応してくれるかもしれない、というタクシー運転手が現れた。
すぐに携帯で話をつけてくれ、レートは幾ら幾らだけどいいか、と事前確認があり、20分くらいすると両替商がやって来て、無事バーツからチャットに両替できた。

その後は、両替商とを仲介してくれたタクシー運転手が、恐らく、コミッションを受け取ったであろう様子を確認し、そのタクシーでホテルに直行。
※バスターミナルからヤンゴン市内まで:7000チャット(230バーツ)

バスターミナルを出ると、ビルマ式の仏塔(パゴダ)が、ミャンマーに来たことを実感させてくれる。


トラックの荷台に乗り合わせる、タイで言うソンテオ。


さすがにミャンマーの経済中心地に来ただけあって、ミャワディーからの幹線道路に比べて、道幅は広い。


金曜日の21時頃、話しに聞いていたが、車が多く、部分的に軽く渋滞もしていた。


ここまで、ミャワディでのモーターサイ案内、コーカレイクで仲介役になった若い兄ちゃん、乗り合わせたバスの乗客たちと、必要とするところで対応してくれたミャンマー人は、すべてタイ語で接してきた。

モーターサイのオヤジに限っては、山越えの途中2回あった検問で、私が日本人だと言っていたにも関わらず、結局最後まで私のことをタイ人だと思っていたが。。。

タイとミャンマーとを繋ぐ幹線道路だったせいもあるが、英語じゃないというのが、地域的特色で面白い。

ホテルは、町の中心、ヤンゴン駅まで歩いて5分ほどのところだったが、一部の屋台が開いているものの、全体的に電灯も不十分で、薄暗く物静かで、独りでウロウロするのは避けたい雰囲気だった。

22:00 ホテルCheck In


コーカレイクでバスに乗れたので、取りあえず、1泊だけを携帯からネット予約しておいた。
実際にヤンゴンの街中に着いたら、土地勘を多少でも付けて、ホテルを継続するか、条件のいいホテルに移るかを決めようと思っていた。
ガイドブックによると、ヤンゴンのホテルは需要に対して、供給が追い付いてなく、1泊USD100程で、常に満室状態、との説明があったが、実際には、少人数であれば飛び込みでも選択肢はある程度はあるように思えた。


このホテルは、共有Free WiFiで、アンテナが部屋の外にあるため、室内までほとんど電波が届かない。
ということで、翌日は別のホテルを予約して、小腹を満たすために、近場のコンビニで買い出しをし、寝た。


タイのチェンラーイとミャンマーの国境の町、メーサーイ(タイ)のコンビニも店員のレベルがバンコク以上に酷かったが、ヤンゴンのコンビニは更にレベルが落ちた。
明らかに、一回溶けた状態になったアイスを冷凍庫にしまっただろうというのが分かるほど、冷凍庫内のアイスがどれも歪んでいる。

一度溶けたと思われる型崩れしたアイス。溶けたアイスの劣化した質感がある。


パッキングが悪く、陳列状態が悪いこともあり、中身が漏れている商品も散見された。

会計のため、レジに持っていっても、会計を始めず、近くの人間たちと話し込んでいる。
『会計、いい?』というアピールをして始めて何事もなかったかのようにレジ打ちを始めた。

唐辛子の破片や何かのスパイスがまぶされているポテトチップス。


結構旨いプディング。



これがミャンマーの現状か、と思う。

2010年に新憲法制定、2011年3月に軍政から民政に移管。
新たに歩み始めた国のカオスのような現状に接し、一国の歴史が動いている現場に来たことを実感する。
大きく変わることを決めた国の始まりには、さまざまな問題があるのが現実だ。
これからどうなるのか。
問題山積だからこそ、これからさまざまな面で、改革、変化できるポテンシャルがあるということじゃないかと思う。
このポテンシャルを感じ取ることこそ、今、ミャンマーの第一の魅力かもしれない。

ヤンゴン" dc:identifier="http://thaifreak55.blog.fc2.com/blog-entry-336.html" dc:subject="コーカレイク" dc:description="◆陸路 バンコク ---> メーソート/ミャワディ ---> コーカレイク ---> ヤンゴン旅程★2014年12月03日(水曜日)16:00 陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。20:30 モーチットBus Terminalでチケット購入。 ※モーチットからメーソートまでバス:418バーツ★2014年12月04日(木曜日)09:30 バンコクのミャンマー大使館で観光ビザ申請15:48 Agentからビザ完了の連絡あり18:00 ビザ受..." dc:creator="Thaifreak55" dc:date="2014-12-05T23:00:00+09:00" /> -->

陸路 ミャワディ ---> コーカレイク

2014 - 12/05 [Fri] - 10:50


◆陸路 バンコク ---> メーソート/ミャワディ ---> コーカレイク ---> ヤンゴン


旅程

★2014年12月03日(水曜日)
16:00 陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。
20:30 モーチットBus Terminalでチケット購入。
※モーチットからメーソートまでバス:418バーツ


★2014年12月04日(木曜日)
09:30 バンコクのミャンマー大使館で観光ビザ申請
15:48 Agentからビザ完了の連絡あり
18:00 ビザ受取

21:30 モーチットのバスターミナル発

★2014年12月05日(金曜日)
06:00 メーソート着
※メーソートのバス停から国境までのサムロー:150バーツ
06:30 タイ(メーソート)からミャンマー(ミャワディ)への国境越え

〈時差:-30分〉
07:00 ミャワディ発
※ミャワディからコーカレイクまでモーターサイ:700バーツ
10:50 コーカレイク着


11:00 コーカレイク発
※コーカレイクからヤンゴンまでバス:12000チャット(400バーツ)
19:30 ヤンゴン着
22:00 ホテルCheck In


★2014年12月06日(土曜日)
12:00 ヤンゴン市内散策

★2014年12月07日(日曜日)
12:00 ヤンゴン市内散策
14:00 市場
20:00 シュエダゴン・パヤー見学

★2014年12月08日(月曜日)
05:30 ホテル発空港へ
06:00 空港着
08:00 Boarding
08:30 離陸
10:20 バンコク着

-------

◆陸路「ミャワディ ---> コーカレイク」


★2014年12月05日(金曜日)
07:00 ミャワディ発

国境の橋をゆっくり渡って10分程でミャワディのイミグレーションにたどり着いた。
タイとの時差は、-30分。
タイが6:30の時、ミャンマーは6:00。


この国境ゲートを超えてすぐ右側の小さなオフィス(小屋?)が、外国人向けイミグレーション入国手続きの場所。
同じタイミングで国境を越えて来た欧米人(アメリカ、ベネズエラ、他)が4人、順に入国手続きをした。
国境が開いたばかりのせいか、システム起動に15分くらい掛り、新米の税関職員を指導しながら、ゆっくりと一人ずつ進む。

最初に入国手続きをしたアメリカ人によると、パスポートとの本人確認で簡易カメラでパソコンに読み込んだ顔写真を、消してしまったりして何度も撮り直ししたり、システム再起動したりを繰り返していたらしい。
入国処理の場所が小屋のような小さなオフィスで、しかも、一人の入国手続きを処理するのに5分から10分も掛っているレベルでは、1日1000人処理するのがやっとだろう。
この国境は、まだまだ処理能力の低い状況と言える。

このイミグレーションには、流暢な英語を話す職員が一人いた。
彼が欧米人たちに言うには、「今日はミャワディから出れない。今日はここで泊まるしかない。明日はミャワディから出れる。」と言っていた。
理由は不明。

欧米人たちは、素直に従って、職員に教えてもらったミャワディの宿泊所の場所に向かった。

私は、なんとかヤンゴンに向けて、少しでも進めないものかと、イミグレーションを出て100mほど進んだところで、モーターサイ(バイクタクシー)が溜まっているところで、ヤンゴンまで行きたいが、バスターミナルまで行けるか、と尋ねた。


タイ語を解すテンパー(天然パーマ)のお兄さんが言うには、「バスターミナルには行ける」という。
イミグレーションでは、「今日はミャワディから出れない」と言っていたと伝えると、
「えっ!?なんでだよ!」って表情で、「そんなことはない。行ける。」という。

「モーターサイ(バイクタクシー)で2時間行ったところのコーカレイクにバスターミナルがあり、700バーツだ。」という。

バンコクでは、モーターサイに30分も乗れば長い方だ。
それが、2時間乗ると聞いて、思わず聞き返した。

土地勘のない場所で、時間を持て余してるのはもったいない。
700バーツ払って、コーカレイクへ向かった。

バイクが少し進むと、イミグレーションで一緒になったファラン(欧米人)が、ホテルに向かって歩いているところを通り過ぎた。

今回、陸路で行く最大の目的は、ミャワディからヤンゴンまでの陸路状況を見ること。

事前情報では、ミャワディからの道は、日によって方向が入れ替わる一方通行。
しかも、陸路は舗装も十分されておらず、崖道の危険な状況、ということだ。

実際には、どうなのか、ここからが最も関心あるところだ。
撮った写真のすべてはfacebook(MM - Myawaddy - Kawkareik)にUploadし、その一部をここに掲載。

ミャワディの国境をモーターサイで出発すると、片側一車線の舗装された道路(Asian Highway No.1)が続く。
事前情報とは、全く違い、舗装された道路が続き、現状はかなり道路などのインフラ整備が進んでいると感じていた。

写真右側の青い屋根は、商業エリア。



イミグレーションから20分ほど走ったところ。
輸出入のInspection場所があり、モーターサイもここに立ち寄って、係官らしき人に何かを聞いていた。


Export Inspection



Import Inspection
※通り(Asian Hightway No.1)を挟んでExport Inspectionの対面


工業エリアの看板があるものの、だだっ広い平地があるところを暫く進む。


モーターサイのオヤジが食事をすると言って道沿いの食堂に入る。


山道に入っていく。


日本から輸入したバスが対向車線から走ってくる。


更に行くと、舗装が無い道路になった。


左側に新たな道が建設中。
現在、唯一ある道は、尾根をつたい北側に扇状に回る経路だが、目下、直線に山を切り開いて道路建設中だ。
恐らく、この左側に入るルートが、新たな物流幹線道路だろう。
しかし、2014年中に完成と言われていたのが、現在、2015年の完成と言われている。
この状況で、本当に2015年に完成できるのか、疑わしくなる。


また舗装道路になったものの、道幅は狭く、舗装道路の状態が悪い。




山道で汚れた車を洗車。
山道には、何か所も水道が設置されていて、無料で使える。


舗装状態がだんだんと悪くなっていく。


最初の検問。
パスポートの確認。
モーターサイのオジサンも身分証確認。


状態の悪い道路を進む。


これはさすがにヤバイ。
地元民みたいな人たちが、石を積んで道路補修している。
現在、タイとミャンマーを結ぶ主要幹線道路、Asian Highwayの東西回廊の名に値しない道路整備のレベル。


道幅や道路状態もさることながら、油断したら崖から真っ逆さまに転落。
とてもトラックやコンテナのトレーラーが行き交いできる道ではない。


バイクで通過するにも、大変。




山道。


酷い道路事情。


途中休憩。
オジサンが停まったところには、熊蜂が一匹ブンブン飛び回っていた。
オジサンは気にしていなかったが、私は一足先に進んで退避。
写真を拡大すると分かるが、写真中央左側に熊蜂が写っていて、かなりデカい。


トラックやコンテナのトレーラーが、結構走ってくる。


トラックが曲がるのもやっとのカーブがところどころにある。



エンジンが疲れたらしく、水で冷やして、汚れも落とす。


通りかかったSamsung。


途中の休憩ポイントでは、通りかかるトラックなどに向けて、お経のようなものをマイクで読み上げる人たちがいる。
中には、喜捨のお賽銭を入れるドライバーも結構いた。


ひたすら尾根を行く。


景色がいい。
到達先の町らしきものは、まだ見えない。


ひたすら尾根を行く。


狭い道幅では、対向車が通り過ぎるのを待つ。


崖沿いのところでも、対向車が通り過ぎるのを待つ。


減速して、慎重に走る。


トラックの合間を縫うように、バイクですり抜ける。
ミャワディのイミグレーション職員が、今日はミャワディから出れない、明日は出れる、と言っていた。
モーターサイの人たちは、そんなことない、と言っていたことからも、もしかしたら、イミグレーション職員は、ホテルを紹介してコミッションでももらってるんじゃなかろうか、とも疑っていた。
まぁ、その可能性は無いでもないが、実際、この道路状況では、日替わりの一方通行にせざるをえないことが、よくわかる。
まさに、噂通りの道路事情だ。
この日は、ミャワディに向かって入ってくる方向の日だった。



すごい山道。東西回廊の一部として幹線道路とは思えない。


ようやく山を下り調子になり、町らしきものが見えてくる気配がある。
かなり尻が痛い。


コーカレイクの町に入った。



道路舗装の道幅は依然狭い。


バイクのオジサンが言うには、コーカレイクの町に入った標識らしい。


10:50 コーカレイク着

7:00にミャワディを発ってから、ほぼ4時間。
10:50にコーカレイクのバス停に着いた。
悪い道を4時間もバイクに跨っていれば、さすがに尻も痛くなるはずだ。。。

ミャワディのモーターサイ乗り場で、タイ語で案内してくれた兄ちゃんは、2時間と言っていたが、実際には4時間掛った。
恐らく、自家用車で飛ばせば2時間程なのだろう。


当初、ヤンゴンまで行き、時間に余裕があるなら、ネーピードーまでバスで行き、ネーピードーから陸路でミャワディ/メーソートに戻ってもいいかな、などと考えていた。
しかし、この山道を経験し、タイ・ミャンマーを繋ぐ陸路事情は、十分わかった。
産業の中心は、まだまだヤンゴン近辺なわけで、ネーピードーは、ミャンマー国内のさまざまなインフラが改善されてからでもいいと判断し、ヤンゴンを観光して、タイに戻ることに決めた。

コーカレイク" dc:identifier="http://thaifreak55.blog.fc2.com/blog-entry-329.html" dc:subject="ミャワディ" dc:description="◆陸路 バンコク ---> メーソート/ミャワディ ---> コーカレイク ---> ヤンゴン旅程★2014年12月03日(水曜日)16:00 陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。20:30 モーチットBus Terminalでチケット購入。 ※モーチットからメーソートまでバス:418バーツ★2014年12月04日(木曜日)09:30 バンコクのミャンマー大使館で観光ビザ申請15:48 Agentからビザ完了の連絡あり18:00 ビザ受..." dc:creator="Thaifreak55" dc:date="2014-12-05T10:50:00+09:00" /> -->

陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。ミャンマーのビザ取得。

2014 - 12/04 [Thu] - 18:00

◆陸路 バンコク ---> メーソート/ミャワディ ---> コーカレイク ---> ヤンゴン


旅程

★2014年12月03日(水曜日)
16:00 陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。
20:30 モーチットBus Terminalでチケット購入。
※モーチットからメーソートまでバス:418バーツ


★2014年12月04日(木曜日)
09:30 バンコクのミャンマー大使館で観光ビザ申請
15:48 Agentからビザ完了の連絡あり
18:00 ビザ受取

21:30 モーチットのバスターミナル発

★2014年12月05日(金曜日)
06:00 メーソート着
※メーソートのバス停から国境までのサムロー:150バーツ
06:30 タイ(メーソート)からミャンマー(ミャワディ)への国境越え

〈時差:-30分〉
07:00 ミャワディ発
※ミャワディからコーカレイクまでモーターサイ:700バーツ
10:50 コーカレイク着


11:00 コーカレイク発
※コーカレイクからヤンゴンまでバス:12000チャット(400バーツ)
19:30 ヤンゴン着
22:00 ホテルCheck In


★2014年12月06日(土曜日)
12:00 ヤンゴン市内散策

★2014年12月07日(日曜日)
12:00 ヤンゴン市内散策
14:00 市場
20:00 シュエダゴン・パヤー見学

★2014年12月08日(月曜日)
05:30 ホテル発空港へ
06:00 空港着
08:00 Boarding
08:30 離陸
10:20 バンコク着

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◆陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。ビザ取得。

★2014年12月03日(水曜日)
タイの国境制覇の一環として、陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。

12月5日(金曜日)「国王誕生日、父の日」と12月10日(水曜日)「憲法記念日」の祝日を繋げるように有給を取り、6日間のアクティビティーを考えていた。

今年から、タイの国境制覇をテーマに掲げることにしたので、イマイチ時期尚早の観があり、乗り気になれずにいたが、消去法的に、メーソートからヤンゴンまで陸路で行くことに決めた。

こんなバックパッカー的な手段でバンコクからヤンゴンまで行くのは、一生に一度だろうから、メーソートからヤンゴンまでの道路整備が終わってからでもいいのではないか、というのが、決断を躊躇っていた理由。

参考
ミャンマー 2013/12/25(水曜日)「東西経済回廊、15年全通へ:タイ・ミャンマーの最前線(5)」


20:30 モーチットBus Terminalでチケット購入。


モーチットBus Terminalでは、建物の外側と内側に、それぞれ違うバス会社の窓口があり、モーチットからメーソートまでのバスを走らせていた。
本数は、朝9時台から、夜22時台まで、5便ほど出ている。

最終目的地は、ヤンゴン。
無駄に経由地で宿泊したくないため、国境が閉まる17時(時差:ミャンマー ー30分)より後にメーソートに着くバスは避けたかった。

また、ミャンマー側のミャワディで、ヤンゴンまでのバスがあるか探すことなど考えると、国境が開くと同時にミャンマー側に渡った方が、時間に無駄が無い。

バンコクからメーソートまでの所要時間は、9時間。
国境が開く前にメーソートに着くには、必然的に、夜行バスしかない。

連休前だったせいか、Bus Terminal内側にあるバス会社が出している22時30分発は売切れだった。
Bus Terminal外側にあるバス会社が出している21時30分発のチケットを購入。



★2014年12月04日(木曜日)
09:30 バンコクのミャンマー大使館で観光ビザ申請
15:48 Agentからビザ完了の連絡あり
18:00 ビザ受取

タチレイク、ミャワディなどの国境付近を除いて、日本人がミャンマーに入国するには、ビザ取得が必要。
今回は、申請日当日のバスに乗る予定だったので、「超急ぎ」で取得。

ミャンマーのビザ取得(日数)
・通常(2日営業日後) 810バーツ
・急ぎ(1日営業日後) 1035バーツ
・超急ぎ(即日) 1260バーツ
・eVisa(3日) USD50
・アライバルビザ(Agentに拠り)

日によっては、朝から長蛇の列があるらしいが、この日はガラガラ。


早くも、大使館前にいたAgentに鴨られて、通常「超急ぎ」1260バーツのところ、1800バーツ取られた。

さすがAgent。
証明写真は、携帯で撮影(100バーツ)。
申請書類は、代行(1800バーツ)。
「超急ぎ」の場合、航空券の提示を求められるが、陸路(バス、車等)であれば、提示不要。
持って行ったのはパスポートのみ。
ものの1分くらいでコップンカップ、申請手続き完了。


ビザ発行されたら携帯に連絡くれて、その時点で連絡すれば、大使館が閉まってもビザ受け渡し対応してくれるとのこと。
実際、バタバタしてて、受け取りに行けたのが大使館がとっくに閉まったあとの18時だったので、Agentでのビザ取得は、とても重宝した。

聞いた話では、バンコクには、自宅までビザを持ってきてくれるAgentサービスが、2000バーツであるらしい。

参考
在バンコクミャンマー連邦共和国大使館

ミャンマービザをバンコクで取る(2014年6月27日確認済み)
バンコクでミャンマービザを航空券なしで即日発行する方法
・eVisa
Ministry of Immigration and Population - eVisa
2014年08月27日「ミャンマー好きに朗報! 9月1日からミャンマーの観光ビザがインターネットで取得可能に!」
2014年09月24日「ミャンマーのビザがオンラインで取得可能に!」

ヤンゴン」を決断。ミャンマーのビザ取得。" dc:identifier="http://thaifreak55.blog.fc2.com/blog-entry-327.html" dc:subject="ミャンマーVisa" dc:description="◆陸路 バンコク ---> メーソート/ミャワディ ---> コーカレイク ---> ヤンゴン旅程★2014年12月03日(水曜日)16:00 陸路「バンコク ---> ヤンゴン」を決断。20:30 モーチットBus Terminalでチケット購入。 ※モーチットからメーソートまでバス:418バーツ★2014年12月04日(木曜日)09:30 バンコクのミャンマー大使館で観光ビザ申請15:48 Agentからビザ完了の連絡あり18:00 ビザ受..." dc:creator="Thaifreak55" dc:date="2014-12-04T18:00:00+09:00" /> -->

タチレイク(ミャンマー)

2014 - 08/23 [Sat] - 12:30

2014年8月23日、メーサーイ(タイ)から、タチレイク(ミャンマー)へ渡る。


国境のイミグレーションを抜けると、タクシーやらの呼び込みがすごいが、適当に振り切る。

50m程歩くと幹線道路に出る。

まず目についたのは、桃。
1キロ100バーツで、粒が大きい。

そして、幹線道路に入るところの右側にCD、DVDの小さな商店があった。
二度と来ないかもしれないし、ミャンマーの音楽、映画を求めて入ってみた。

小さな店なのに、20分くらいはあれこれ物色して楽しめた。
キリが無いので、予算1000バーツで、取捨選択。
音楽は、伝統的なものから、演歌っぽいもの、ロック、ポップス詰め合わせと一通り揃えた。
ミャンマーものの映画も2本。
全部で700バーツくらいでおさまった。

水牛に跨る絵柄がジャケットってのが、インパクトある。
これはおそらく演歌の類だろう。


そして、バイオリンにラッパのような拡声器を付けた楽器。
指板と駒はバイオリンと同じ。
違いは、駒の振動を直接拡声器に送り込んで音を鳴らすという構造。
バイオリンのような音を響かせて鳴らすボディーが無い点では、エレキバイオリンと同じで、電気を使わないだけ。
音楽は、歌詞の意味は分からないけど、音楽と映像から判断する限り、郷土愛的な音楽。


そして、よくわからないけど、伝統楽器のたぐい。


ロックな感じ(左)と、ポップスの詰め合わせ(右)。


ちょっと見ただけでも、結構ミャンマーのイメージがアップした。
水牛のジャケットは想定内として、ロックなジャケットはカッコよくデザインされているし、ポップスも聞いてみると普通に聞けるものが多い。

ついでに、ミャンマー映画。


こういう、神vs悪魔、善vs悪みないな鬼退治の構図で、同じようなストーリーをアジアで広く見かけるのは、インドのラーマ―ヤナ(王子が誘拐された王妃を救い出し、悪を成敗して、繁栄をもたらす。)が、アジアに広く影響し根付いている証しだろうか。
ラーマーヤナは、インドネシア、カンボジア、タイ、ミャンマーなどでは、日本で言う歌舞伎のような伝統芸能を通して、今でも語り継がれる文化芸術だ。

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ちなみに、ラーマーヤナを起源とするストーリーとして、タイでは『ラーマキエン』、日本では『桃太郎』、中国では『孫悟空』、中近東では『アラビアンナイト』に影響を与えていると言われている。
ミャンマーにも、『ラーマーヤナ』に影響を受け、独自に語り継がれる文学があるという。
Burmese RamayanaBurmese Ramayana
(2000/12/31)
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幹線道路を右側に進んで、市場がある方向へ進む。
質素な感じ。


Basic Education High Schoolという学校があった。
20世紀後半、このあたり一帯は、麻薬の拠点だったためか、学校には、麻薬や覚醒剤への警戒を呼びかける看板があった。


水瓶(?)があった。まさか飲み水用?
中近東などでも、Ziir(ズィール)という飲み水としての水瓶を道すがらに見かけることがある。
現在では、現地人でも飲む人間は限られている。蚊のボウフラなどがいたりと衛生上よくないからだ。


庶民向け市場。幹線道路沿いの店ではタイ語が通じたが、この市場ではダメだった。


中国やタイなどからの輸入物が多い。
同じ商品でも、店によって言うことが違う場合がある。
ある露店では、パッケージは中国製と表記してあるけど、中身はミャンマー産だよといい、隣の露店では、同じパッケージでも、中国産といったり、何が本当か分からない。


最後に、気になっていたフルーツ(桃、プラム)を買って、タイ側ホテルに戻って一休み。
桃は、甘みは弱いけど水分補給にはなった。プラムも、ほどよく酸っぱくて美味しい。


また、機会があれば、他のタイ・ミャンマーの国境地域や、ヤンゴン、ネイピードーなどにも行ってみたい。

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